452. 笛
メキシコの古代遺跡テオティワカンを訪れた際、そこら中に響き渡る怪獣のような咆哮を耳にした。最初は、効果音か何かを流しているのかと思ったが、土産物の土笛〈ジャガー笛〉だと判明! これ、上手く吹けば本当の獣のように聴こえ、おっさんから子供まで多くの人が競うように吹きまくっている。欲しくなったのだが、露天で買うよりどこかで安く売っているだろう…と思い現地では買わなかった。しかし、その後の旅の間テオティワカン以外で〈ジャガー笛〉を目にすることは二度となかった…やっちまった〜! 海外旅行の鉄則。「欲しいと思った時に買うべし!」
さて、笛は太鼓と並び、古代からほとんど形が変わっていない楽器と言われる。旧石器時代の遺跡からは、動物の骨に穴を開けたものや、マンモスの牙で作られたものが出土している。日本でも、縄文・弥生時代には石笛や土笛が存在した。初出は『日本書紀』に「天之鳥笛」とあり万葉仮名では「輔曳」と記されている。『源氏物語』にも多く登場。ここで単に笛という時は、雅楽で使用される〈竜笛〉を指した。高い音色が竜の鳴き声を想わせることから。
ここ愛媛の大洲には妖怪の三調なる笛・横笛・三味線の話が伝わる。ある侍が夜に大勢の鼻の高い怪物が車座になり管弦をしているのに行き合う。一喝すると怪物達は消え、残されていたのがこの楽器。城主が代々家宝として受け継いだという。鼻が高いというので、天狗か。他にも似たような話が各地にある。愛知では、明治の初めのよく凪いだ静かな夜に氏神の松のてっぺん等から美しい笛の音色が聞こえるといい、これを天狗様のいさみと呼んだ。また、福岡にも笛の名人が手に入れた天狗の笛がかつて〈天降神社〉に奉納されていた。今は盗難により失われている。長野の伊那でも、老人が天狗の笛を拾い権現様に奉納したという。宮城の網地島長渡では14、5歳の童子に化けた狐が演奏の礼にと流罪となっていた笛の名人鯰江六太夫に源平合戦の様子を見せた。そして、六太夫はこの狐に教えられた通り笛を吹き、流罪を解かれた。
奈良の〈葛木坐火雷神社〉は天照大神の岩戸隠れの際、竹で笛を作り鳴らした笛の神天香山命を祀る。『ギリシャ神話』の牧畜の神パンも葦の笛を持つ。葦に姿を変えてしまったニンフのシュリンクスを偲び吹いていて、これがフルートの起源とも言われる。インド神話の美男の神クリシュナは、竹の横笛〈バーンスリー〉を吹き多くの牧女を魅了した。前に書いたアメリカインディアン・ホピ族のココペリも縦笛を吹く姿で知られる。
日本きっての笛の名器となると、まずは〈青葉の笛〉。空海が天竺の〈青龍寺〉で制作した。その時に青葉が生えた事が名の由来。嵯峨天皇から鳥羽院、平忠盛から敦盛へと渡り、彼の首塚のある神戸の〈須磨寺〉に納められている。『平家物語』では〈小枝(さえなり)〉と呼ばれる。また室町時代の御伽草子には、在原業平が仁明天皇の命で平安京に鳴る謎の笛を調査した末仙境に至り、〈青葉〉を伝授される話がある。
また、これと混同されがちなのが〈葉二(はふたつ)〉。赤と青の葉の意匠から。鎌倉時代の『十訓抄』には、笛の名手源博雅が月の明るい夜に朱雀門の前で笛を吹いていたところ、同様に素晴らしい音色の笛を吹く男と出会う。二人はそれ以降月夜の度に吹き交わし、ある時、笛を交換する。博雅の死後、やはり名手である浄蔵が朱雀門の前でこの笛を吹いてみると、楼上より「やはりその笛は逸物であるな」と声がし、持ち主が朱雀門の鬼であったと分かった。この場面は、葛飾北斎や月岡芳年により描かれ、夢枕獏の『陰陽師』にも登場している。
あと一つ紹介するのは〈蝉折の笛〉。こちらは源義経ゆかり。元は宋の皇帝から贈られた蝉のような節のある笛竹から作られたという。作者である藤原実平が膝に置いた時に節のところで蝉が折れてしまった事に由来。以仁王から平家を経て、義経に。奥州へ落ちのびる際に、これを吹いたところ嵐が鎮まった為、石川珠洲の〈須佐神社〉に奉納した。
古代アステカの遺跡から多数発掘された笛は、頭蓋骨の形をしており、人の悲鳴のような音を出した。生贄の手に握りしめられていた物も。〈死の笛〉と呼ばれる。
創作では、以前取り上げた『グリム童話』等に書かれた『ハーメルンの笛吹き男』。悪魔くんのソロモンの笛は、かつてソロモン王が使っていて、ファウスト博士を経て悪魔くんへ…という設定。呼び出した悪魔を従えさせられる。もとは横笛だったがオカリナに。鬼太郎も一時期オカリナを武器にしていたが、これは玩具メーカーの要望から。
さて、絵に描いた等々力警部が登場するのが横溝正史の『悪魔が来たりて笛を吹く』。笛はフルートだった。映画版は西田敏行の金田一に、警部は夏八木勲。ドラマ版は古谷一行と長門勇。でもやっぱり金田一は石坂浩二、警部は加藤武だよな〜!「よし!分かった!」
須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇松尾芭蕉